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ようこそOL登山委員会へ

私たちOL登山委員会は、1995年10月、山と溪谷社発行の雑誌『ヤマケイJOY』の読者企画で発足した女性による女性のための山のグループです。
そのころ、私たちの間で登山というと、今よりずっと地味で、「どうして、わざわざそんな辛いことするの?」というイメージでした。でも『ヤマケイJOY』の呼びかけに、興味を持ったOLたちが集まり、「私たちが登山のイメージを変えよう」と、活動を始めました。
今年で、20年目を迎え、さまざまな仕事を持つ20代~40代の約35名のメンバーが、山を通じて出会い、交流を深めています。
四季の移り変わる美しい大自然とのふれあい、仲間と汗を流しながら頂上を目指す充実感…。
山が元気をくれます。そして笑顔になれます。

いつか、山でお会いしましょう。

私たちOL登山委員会の発足ストーリー


私たちOL世代の間で山登りといえば「な〜んでそんなに辛いことするの?」とか「な〜んかとっても地味な趣味じゃな〜い」とか、たいていそんな反応ばかり。ましてや職場で「山屋」であることがバレたりすると、「女のくせに無謀!」なんて白い眼で見られるのがオチ。だから山ではOL世代はとっても小数派。山の楽しみには性別も世代も関係ないけれど、たしかにOL山屋はちょっと元気がない。
 ある日、そんな共通の思いを抱いている山好きのOLが数人、登山雑誌『ヤマケイJOY』(山と渓谷社発行)を通じて知り合いました。そして、こんな話題が……。

もっと私たちが伸び伸びと山を楽しめるよう山に対するイメージを変えたい!きっと山に行きたいのにまわりを気にして躊躇している同世代の仲間たちを救いたい!ダサイと言われても仕方がない山のファッションをなんとかしたい!決しておろそかにできない山の知識のこと、技術のこと、用具のこと、これも山好きのOL同士で情報交換したい!思う存分、山のことを話せる同世代の友だちを作りたい!そして、一緒に山に行こうよ! まさしく、これがOL登山委員会発足の趣旨です。ともあれ「OL山屋が一致団結して山を変えてしまおうと」旗揚げをめざしました。

1995年10月/丹沢で決起キャンプ

まずはOL登山委員会の発足に共鳴した10名の山好きOLが週末の丹沢山麓に集結。はじめて顔を合わせるメンバーばかりでしたが、キャンプをしながら山のことを話そうと、キャンプ用具を持ちより、アウトドア料理の材料を一緒に買い出ししたり、キャンプの準備にとりかかりました。

ところが、キャンプ場に着くとあいにくの雨模様。慣れない大型テントの設営や雨を避けながらの自炊にひと苦労、なんとかささやかな晩餐が出来上がった時にはすっかり日も暮れてしまいました。でも、この雨が幸いして、山ではみんなで協力すること、雨でも楽しもうという気持ちをもつことなど、いろいろと勉強になりました。

それに、このキャンプを通じて、いままで登った山のこと、これから行きたい山のこと、一緒に行く仲間が欲しいこと、女性向きのデザインやサイズが少ない山のファッションのこと、いろいろ話もできました。

 翌朝は、降り止まぬ雨の中、塔ノ岳に登る予定を変更、クルマでヤビツ峠まで移動して大山を往復、色とりどりのレインウェアに身を包んだOL山屋たちが、雨にけむる山をちょとだけ華やかに変えました。

1996年1月/丹沢・鍋割山荘で山小屋従業員体験

私たちにとって山小屋は、ちょっと不満もある場所でした。山小屋は相部屋が普通で、着替えをする時に困ってしまうこと、そしてトイレのこととか、女性だけのパーティだと好奇の眼で見られてしまうことなど……。でも、山小屋はやっぱり特殊な環境にあるのだし、不満を言う前に、山小屋のことをもっと理解する必要もあるかもしれない。それに「山小屋のスタッフって、いつも山にいられて楽しそう」という興味もありました。

そこで出かけたのが丹沢の鍋割山荘。OL登山委員会から4人の選抜メンバーが連休を利用して、2泊3日で山荘の従業員体験。食材や飲料水のボッカ、食事の準備・片付け、掃除に薪割りと、まさに従業員同等に汗を流した3日間。

 山荘ご主人の山に対する情熱、山小屋に集う人たちの温かい励ましは何よりの思い出になりましたが、同時に、便利すぎる下界の暮らしを見直すきっかけにもなりました。

山荘では、水道の蛇口をひねっても水は出ません。雑用には雨水を利用し、炊事にはすべて下から担いできた飲料水を使います。もちろん燃料も食材もすべて、担ぎあげ、されに山荘で出たゴミはまた下に担いで持ち帰ります。食器も、わずかな水でいかにして洗い、清潔を保つか、洗剤を使った排水は絶対に山には流さず、ゴミとして持ち帰ります。この体験は、私たちに自然の貴重さ、そして人間の暮らしのありかたさえも考える機会になりました。

また、この従業員体験中、メンバーが増えつつあるOL登山委員会の新年会も兼ね、15名の仲間たちも山荘に集い、なごやかな夜を過ごしました。

1996年4月/大阪府チャレンジ登山大会へ出場

その後、私たちの呼びかけに、全国から続々と仲間が増え、この時点でOL登山委員会メンバーは全国約40名に達しました。そして、より交流を深めようと、地域ごとの支部設立へ動きだしました。決起キャンプは、東京近郊のメンバーでしたが、こんどは中京・関西のメンバーが集うべく、「大阪府チャレンジ登山大会」へ出場しました。

この大会は、「ダイトレ」の愛称で知られる大阪と奈良の府県境を走るロングコース、ダイヤモンドトレイル上の全長35Kmのコースをマラソンの部と、一般登山の部にわかれて踏破をめざすものです。マラソンの部は競技ですが、私たちは、マイペースでどこまで踏破できるかという一般登山の部に出場しました。

結果は、スタートから14km先の初級ゴールで時間切れとなりましたが、足並みと呼吸を合わせて歩く、パーティ行動の難しさと連帯感の両方を身を持って体験することができました。

この後、名古屋を中心としたメンバーで「東海支部」を、大阪・神戸を中心としたメンバーで「関西支部」を、それぞれ旗揚げすべく、準備が着手されました。

1996年7月/北アルプス・槍ガ岳集中登山

梅雨開け直後の7月下旬、夏山シーズンの開幕とともに、北アルプスの盟主・槍ガ岳をめざして集中登山を敢行。発足から1年に満たない即席のパーティが果たして、こんな山行を実現できるのかという不安を抱きながらも、連日連夜の打ち合わせと準備を経て、関東・中京・関西そして中国・九州からも参加者を集い有志パーティを結成。

パーティは、中房温泉から入山し燕岳・大天井岳・西岳を経て槍をめざす表銀座班、上高地から槍沢を登る槍沢班、上高地から涸沢へ入り北穂高・南岳を縦走して槍をめざす大キレット班、さらに登頂後の全メンバーを横尾で迎える上高地ハイキング班の4班。このシーズンは、残雪が多くクレバスの走った雪渓の通過など、心配もありましたが、山行期間は、見事な快晴が続き、計画通り槍の穂先に15人が集結。その後、上高地ハイキング班の8人を加えて、全メンバーが横尾に集い、計画は成功を収めることができました。

職場も居住地も異なるメンバー、しかも全員が顔見知りというわけでもありません。それでも綿密に計画を練って山行へ漕ぎ付け、実際の山行ではリーダーのもと息をあわせ、徹底して団体行動をしていくことで、この計画は達成することができました。

もちろん、メンバーの技量や経験の違い、用具の不足、休暇の調整など、計画は何度も暗礁に乗り上げ、挫折しそうになることもありました。だからこそ、槍ガ岳の山頂はどこまでも高く、感動的でした。

1996年8月/富士山登頂ツアーの添乗員体験

槍ガ岳集中登山の早くも翌週には、夏のイベント第2弾として、富士山登頂ツアーを実施。しかも、ただ日本一のピークをめざすのではなく、旅行会社主催のツアーに添乗員として同行しようというもの。もちろん正規の添乗員ではなく、そのお手伝いをするというものです。

幅広い世代の45名のツアー参加客とともに盛夏の5合目を出発。週末とあって富士山への登山者はすべてのコースの合計で、およそ1万人。私たちがめざす富士吉田コースも、おびたただしい数の登山者で埋まるほどでした。

厳しい炎天下、初日は5時間近くを要して夕刻に8合目まで。山荘で食事と仮眠をとった後、深夜の午前0時ちょうどに頂上へ向けて出発。頂上まで延々と続く電灯、うんざりするほどの登山者の行列、寒さと睡眠不足、それに3500mを越える頃からは軽い高山病と、富士登山はまさにストレスとの闘いです。しかも、自分たちだけが登れればよいわけでなく、常に45名のツアー客の様子を把握しなければなりません。

まわりを気遣い、励ましあい、ようやくたどりついた日本一の山頂、東の空が赤く染まるご来光は生涯忘れることはないでしょう。私たちとしては、これだけ短期間で仲間を作り、パーティとして目標を達成できたことは、まさに快挙でした。

さらにこの夏は、OL登山委員会を通じて知り合ったメンバー同士で有志パーティを組み、北アルプスを中心に、夏山登山が盛んに操り広げられました。

1996年9月/草もみじの尾瀬ハイク

陽光さんさんと輝く夏山シーズンが終わると、山が色とりどりの色彩に包まれる魅力的な秋山シーズンです。私たちは、草もみじが黄金色にきらめく秋の尾瀬を訪ねました。澄みきった青空と、山を映す神秘的な池塘、可憐なリンドウの花…。尾瀬はどこまでもどこまでも魅力的な自然を私たちに見せてくれました。

重い荷を背負って長い道のり歩いている時は、やっぱり苦しい、辛い、と感じることもあります。でも美しい自然を肌で感じること、仲間たちとひとつの目標に向かって進むこと、山にははかりしれない魅力が待っていました。

私たちのこのホームページは、
メンバーの親睦をいっそう深めると同時に、
性別や世代を越えより多くの山を愛する人たちとの
交流や情報交換を通じて山を学んでいけたら、
そんな気持ちで開設しました。
どうぞ、私たちOL登山委員会をよろしくお願いします。
山でとびっきり笑顔の女性に出会ったら、
きっと私たちかもしれません。
  

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